都田アソシエイツ
都田アソシエイツとは
《設立& 目的》
昭和59 年、浜松地域テクノポリス開発計画が、国より第1 号として承認されました。以降、
平成景気からバブル経済破綻まで、産業界の経済環境は激しい変化に見舞われましたが、当地
域におけるテクノポリス計画推進事業は、順調に進展をみてまいりました。
その中でも、中心的な開発区である都田地区は、当時(平成5 年)進出予定企業68 社のう
ち45 社が操業開始し、13 社が建設途上にありました。また、公設試験研究機関である浜松工
業技術支援センター、静岡大学イノベーション共同研究センターも開設され、中核施設設備も
順調に進み、産・学・官・連携体制が整うことによって高度技術産業集積都市づくりが、着々
と進められる状況にありました。
この時期において、都田開発区進出企業が連携して、地域としての共通の問題に対処し、ま
た、相互の経営資源を活用し、地域内は勿論のこと県内外の企業との交流の機会を持つことは、
進出の効果を相乗的に発揮することとなり、個々の企業の発展を通して地域振興にも寄与する
ことを目的として、平成5 年7 月28 日進出企業の理解と協力のもとに、設立総会を開催し、『都
田アソシエイツ(仲間)』が誕生しました。
現在では、この浜松地域産業の中心的な環境になっております。更には、そのほとんどが研
究開発型企業とあって、日夜、研究開発が積極的に行われ、創造性豊かな新技術、新製品が生
れようとしている中で今後益々、当会の役割の重要性が増してくるものと考えます。
昭和59 年、浜松地域テクノポリス開発計画が、国より第1 号として承認されました。以降、
平成景気からバブル経済破綻まで、産業界の経済環境は激しい変化に見舞われましたが、当地
域におけるテクノポリス計画推進事業は、順調に進展をみてまいりました。
その中でも、中心的な開発区である都田地区は、当時(平成5 年)進出予定企業68 社のう
ち45 社が操業開始し、13 社が建設途上にありました。また、公設試験研究機関である浜松工
業技術支援センター、静岡大学イノベーション共同研究センターも開設され、中核施設設備も
順調に進み、産・学・官・連携体制が整うことによって高度技術産業集積都市づくりが、着々
と進められる状況にありました。
この時期において、都田開発区進出企業が連携して、地域としての共通の問題に対処し、ま
た、相互の経営資源を活用し、地域内は勿論のこと県内外の企業との交流の機会を持つことは、
進出の効果を相乗的に発揮することとなり、個々の企業の発展を通して地域振興にも寄与する
ことを目的として、平成5 年7 月28 日進出企業の理解と協力のもとに、設立総会を開催し、『都
田アソシエイツ(仲間)』が誕生しました。
現在では、この浜松地域産業の中心的な環境になっております。更には、そのほとんどが研
究開発型企業とあって、日夜、研究開発が積極的に行われ、創造性豊かな新技術、新製品が生
れようとしている中で今後益々、当会の役割の重要性が増してくるものと考えます。
